大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和33年(行)18号 判決 1966年10月31日

大阪市西淀川区御幣島東一丁目三番地

原告

喜多幡竜次郎

右訴訟代理人弁護士

川見公直

同復代理人弁護士

北川新治

浜田行正

大阪市西淀川区野里町三丁目三

被告

西淀川税務署長

喜多進

右指定代理人検事

川井重男

法務事務官 矢野留行

大蔵事務官 中村鉄

葛馬喜一郎

堀裕次

加納久義

北条半次

景山巌

右当事者間の昭和三三年(行)第一八号告知処分無効確認請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

被告が原告に対してなした昭和三〇年六月二三日付納税告知書にもとづく昭和二九年六、七月分の原告の物品税課税金七三七、五五〇円を納付すべき旨の告知処分が無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(被告)

主文同旨の判決。

第二主張

(請求原因)

一  被告は、原告に対し、昭和三〇年六月二三日付納税告知書をもつて、原告が、昭和二九年六月に合計七八三キログラム、同年七月に合計一、六七五・五キログラム、以上合計二、四五八・五キログラムのズルチンを製造移出したとの認定の下に、右移出したズルチンに対する物品税犯則課税金七三七、五五〇円を昭和三〇年六月三〇日までに納付するよう告知した。

二  しかしながら原告は右ズルチンの製造主体ではない。よつて原告をズルチン製造主体としてなされた右告知処分には重大かつ明白な瑕疵があり無効である。すなわち

(一)原告は昭和二七年ごろから肩書地において暁化学研究所なる名称で避妊薬の製途販売業を営んでいたが、そのころ同所の原告工場の一部(以下単に製造工場という)を訴外北沢武(以下単に北沢という)に賃貸し同人は昭和二七年四月二四日被告に対し、ズルチンの製造開始申告をなして右製造工場において、東洋薬品工業所なる名称でその製途移出を開始した。

(二) しかるに北沢は昭和二九年初めころより経営不振に陥り、多額の負債を生じたが、昭和二九年四月に至り、同人が訴外株式会社下田商店(以下単に下田商店という)大阪支店宛に振出したズルチン原材料代金約八〇万円の約束手形金の支払が不能となつた。

(三) そこで昭和二九年六月ごろ、北沢。古閑春雄(以下単に古閑という)原告の三名が協議した結果、北沢の指揮の下に、古閑がズルチンの原材料の供給および製品の販売部門を、原告は労務の提供および製造管理部門をそれぞれ担当して北沢のズルチン製造を助け、(被告主張のごとく共同事業ではない)その営業の再建をはかり、その利益をもつて前記下田商店に対する債務の弁済にあてることとなつた。かくして北沢は右製造工場においてズルチンの製造移出をなし製品には製造者東洋薬品工業所北沢武と明記していたものである。

(四) しかるにたまたまそのころ(昭和二九年六月ごろ)北沢が病気になつたため、原告は北沢の病臥中同人に代り、製造工場の責任者としてズルチンの製造にあたることとなつたところ、昭和二九年七月二二日、被告は原告に対する無申告製造容疑で右工場を捜索した。その結果北沢のズルチン製造は事実上継続不能となり、同年九月やむなく製造廃止申告をなしたものである。

(五) 右のごとく本件ズルチンの製造移出者は東洋薬品工業所こと北沢武であり、原告はその履行補助者ないし営業管理者にすぎないのであるから原告を製造主体と誤認してなした被告の本件告知処分には重大かつ明白な瑕疵があり無効である。

(被告の答弁と主張)

一  請求原因一、同二の(一)の各事実、同(四)のうち、昭和二九年六月ごろから原告が原告主張の製造工場でズルチン製造にあたつていた事実、被告が原告主張日時に原告の無申告ズルチン製造容疑の理由で右工場を捜索した事実は認めるが、その余の事実は全部否認する。

二  被告は、北沢が昭和二九年七月一〇日までに提出すべきはずの同年六月分の物品税課税標準額の申告を怠つていたため、物品税の検査を重ね、その営業状態の調査をなしたところ、北沢は営業不振のため、同年五月ごろすでに廃業し、これに代つて同年六月ごろから原告および古閑が営業開始申告をすることなく、同所において共同でズルチンの製造移出を開始し、別紙記載のとおり、同年六月中に合計七八三キログラム、同年七月中に合計一、六七五・五キログラム以上合計二、四五八・五キログラムのズルチンを製造移出した(ただしそのうち七二・五キログラムは当時在庫していたが、右ズルチンも課税対象である)

従つて原告および古閑は各自連帯して右製造移出にかかるズルチン二、四五八・五キログラムに対する物品税額金七三七、五五〇円(一キログラムにつき三〇〇円)を納付すべき義務を有していたというべきである。しかして課税庁は連帯納税義務者の一人に対し、又は同時もしくは順次にすべての納税義務者に対し、納税告知をなしうるので、被告は右連帯納税義務者のうち原告に対し、原告の主張のごとき内容の告知処分をなしたものである。

三  かりに本件ズルチンの製造移出が古閑および原告ら二名の共同事業ではないとしても、前記協議後は北沢、古閑および原告ら三名の共同事業としてなされたものであるから右三名は各自連帯して本件課税物品に対する物品税額金七三七、五五〇円を納税する義務を負担することには変りはない。従つて原告は右税額金七三七、五五〇円の納税義務を負担するものである。そして従来の北沢個人名義の製造申告がなされていたとしても、本件ズルチンの製造が北沢の個人事業から前記三名の共同事業に変つた後は右北沢個人の移出申告をもつて原告および古閑の申告ということはできない。従つて原告および古閑の申告ということはできない。従つて原告および古閑はいぜん無申告製造者であり、被告は前記納税告知をなしたものである。ただこの場合、正確には、納税告知書には、原告ほか二名と記載すべきであるが、本件のごとく原告一名と記載したとしても原告の納税すべき税額には何等変動はなく、毫も原告に不利益を与えたことにはならないから、かかる瑕疵は無害の瑕疵であつて本件納税告知の取消理由にもあたらない。

四  また、かりに以上の被告の主張が認められず、本件ズルチンの製造移出者が北沢一人であり、原告には本件ズルチンにつき物品税の納税義務がなく、従つて本件納税告知は納税義務者を誤つたものであるとしても、右瑕疵は本件告知処分成立の当初から客観的に明白であるとはいえないから本件告知処分は無効というべきではない。

第三証拠

(原告)

甲第一号証の一、二、同第二、三号証、同第四号証の一ないし三、同第五ないし一三号証、同第一四号証の一、二、同第一五、一六号証、同第一七号証の一、二、同第一八ないし二一号証および検甲第一号証を提出し、証人北沢武、同古閑春雄、同速水貞男、同山本堅司、同喜多幡良子の各証言および原告本人尋問(第一、二回)の結果を各援用し、乙第一号証の成立は不知。同第二四、二五号証の成立は認める。その余の乙号各証は原本の存在と成立およびその写であることを認める。

(被告)

乙第一、二号証、同第三号証の一ないし五、同第四ないし二五号証を提出し、証人原奈美治、同大橋貞之助、同上坂真吾、同室賀正博、同太田仁志(第一、二回)の各証言を援用し、甲第一号証の一、二同第二、三号証、同四号証の一ないし三、同第五号証、同第一七号証の一、二の成立を認め、甲第一八号証の成立は不知、その余の甲号各証は原本の存在と成立およびその写であることは認める。検甲第一号証は昭和二九年六、七月当時使用していたズルチン用外箱であることを認める。

理由

一  請求原因事実中、被告が原告に対し、昭和三〇年六月二三日付納税告知書をもつて、原告が昭和二九年六月に合計七八三キログラム、同年七月に合計一、六七五・五キログラム以上合計二、四五八・五キログラムのズルチンを製造移出したとの認定の下に、右移出にかかるズルチンに対する物品税犯則課税金七三七、五五〇円を昭和三〇年六月三〇日までに納付するよう告知したことは当事者間に争いがない。

二  原告は本件ズルチンの製造者は北沢武であり、従つて原告を製造者と誤認してなされた前記告知処分には重大かつ明白な瑕疵があり無効であると主張するので、まず右ズルチンの製造者について検討する。

北沢が製造工場を賃借し、昭和二七年四月二四日被告に対し、ズルチンの製造開始申告をなし、前同所において東洋薬品工業所なる名称でズルチンの製造移出を開始したこと、しかるに昭和二九年六月ごろから原告が右製造工場で事実上(製造主体か、工場の責任者にすぎないかは暫くおく)ズルチンの製造にあたつていたこと。昭和二九年七月二二日被告が原告に対する無申告製造容疑で右工場を捜索したことは当事者間に争いがない。

原告は、右の如く昭和二九年六月ごろから右製造工場で事実上ズルチンの製造にあたつていたのは、東洋薬品工業所こと北沢の履行補助者ないし、営業管理者としてにすぎない、というのであるが、なるほど原本の存在とその成立およびその写であることに争いのない甲第七ないし九号証、同第一一ないし一三号証、同第一四号証の一、二、乙第三号証の一ならびに証人北沢武、同古閑春雄、同大橋貞之助の各証言および原告本人尋問(第一、二回)の結果中には原告の主張に副う如き供述記載ないし供述があるが、右の各証拠は後掲の各証拠に照したやすく措信しえず、他に原告の右主張を認めるに足る証拠はない。ところで、原告が昭和二九年六月ごろから右製造工場で事実上ズルチン製造にあたつていたという事実と原本の存在とその成立およびその写であることに争いのない乙第二号証、同第三号証の一ないし五、同第四ないし七号証、同第九ないし一三号証、同第一八号証、同第二二号証、成立に争いのない同第二四、二五号証、証人速水貞男(一部)同太田仁志(第一、二回)、同原奈美治、同上坂真吾の各証言および弁論の全趣旨を綜合すると、北沢は昭和二七年四月二四日ズルチンの製造開始申告をなし、前記製造工場を賃借して、ズルチンの製造を継続してきたところ、昭和二九年五月末ごろには、ズルチンの原料の仕入先である下田商店に対する買掛代金額は約五〇三、三八〇円に達し、右債務支払のために振出した約束手形金(額面金一四五、〇〇〇円)を支払うことができず、右手形が不渡となつたため、同商店から原料の販売を停止され、そのため、原料の仕入が極めて困難となつた。一方原告は昭和二八年九月三日ごろから当時下田商店の社員であつた古閑の斡旋で、自己の工場内(肩書地所在)の一画において暁産業喜多幡竜次郎なる商号(因みに暁産業株式会社は昭和二四年八月ごろから化学薬品の製造販売等を営業目的とし中尾吉郎右衛門を代表取締役原告ほか数名を取締役として営業を継続してきたが昭和二七年七月にいたり営業を停止し、爾来原告が前記工場を管理している。)の下に、下田商店より原材料を買受け、さらに設備および運転資金(月約一〇万円程度)を借受けて、チアン酸ソーダおよびパラ・アミドの製造に従事していたところ、右チアン酸等の製造が計画通りの成果を挙げえず、ついに昭和二九年五月末日ごろには、下田商店に対する負債(すなわち出資金二六八、七六六円、運転資金((帳簿上仮払金として処理されているもの))約一、一八五、〇二二円、原料売掛代金五七六、六三〇円など)が多額に達したため、下田商店より取引を停止されるにいたつた。また古閑は原告を下田商店に紹介し、右取引の任にあたつた者として、原告の下田商店に対する負債発生および弁済不能等により生じた損失をカバーする必要にせまられるにいたつた。

そこで、右三名は同年五月末ごろ、右各人の下田商店に対する債務の弁済等につき協議した結果、北沢はズルチンの製造を停止してゴムの発泡剤の製造を開始し、ズルチンの製造設備一切を北沢の古閑に対する債務と相殺する意味で古閑および原告に無償譲渡した。

そこで原告および古閑はこれらの設備を使用し、ズルチンの原料は古閑の信用により、訴外和歌山県高松化学、大阪市西区川崎化学工業、あるいは大阪市都島区久保田商店等から購入し、製造および経理は原告が担当し、製品の販売は原告と古閑が分担して行い、これによつて得た利益金で下田商店に対する債務を逐次弁済することとし、ここに共同してズルチンの製造販売を開始することになつた。尤も、ズルチンの製造移出数量の申告のみは、北沢が七月まで廃止申告をしない予定であつたので、右北沢の諒解のもとに、同人の名義を利用して行うこととした。

しかして原告および古閑はズルチンの製造を開始し、前記高松化学等から原料を仕入れ、原告は右仕入れの詳細を応用帳と題する原料入荷控帳に記帳して、同帳簿に保管し、ズルチンの製造は原告の指示にもとづき、その使用人である山本堅司が現場責任者となり、小林、藤原らに手伝わせて一月約三〇キログラムないし四〇キログラムのズルチンを製造し、野田ソヨが右製品の包装を担当し、その結果昭和二九年六月四日から同年七月二二日までの間に原告および古閑が製造したズルチンの数量は別紙数量欄記載どおり合計二、四五八・五キログラムに達した。

よつて原告らは物品税証紙四六〇枚を紀和化学研究所こと久保田重雄より一枚三円ないし七円五〇銭で購人し、なお同証紙五八〇枚を北沢から取得し、その製造にかかるズルチンを原告の別名たる暁化学研究所又は原告および古閑の別名たる暁産業あるいは轟商会等の名称で古閑および原告がそれぞれ分担して別紙記載のとおり販売し、これを納品復写簿に「サルチン酸」と記帳し、また代金の集金は主として古閑がこれを行つていたこと。これに反し北沢は前記協議後は自己の債務の弁済のため、その金策に奔走していて、殆んど工場に出向かず、従つてまた本件ズルチンの原料仕入、製造数量、および製品の販売先、数量価格等については原告らから何らの報告も受けず、従つてこれらにつき全く関知せず、さらに当時北沢の使用人で同年六月までは北沢のズルチン製造に従事し、その経験も十分な大橋貞之助は本件ズルチンの製造には関与せず、専ら前記工場において北沢がズルチン製造中止後はじめたゴム発泡剤の製造に従事していたこと等の事実が認められる。右認定事実によると、本件ズルチンの製造者は北沢ではなく、原告および古閑の両名というべきである。

三  そうだとすると、北沢武が本件ズルチンの製造者であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石崎甚八 裁判官 藤原弘道 裁判官 福井厚士)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例